プルルルルと電話機がなった。
「電話だ…っ」
ボーっと仕事をしていた平和な空気に緊張が走る。
──いきなりだが、話は少し逸れる。
会社には、
「新入社員もしくは若いやつが電話を取れ」という共通認識が漂っている。
「あなた若いんだから電話ぐらい一番に取りなさい。」
こんなことは直接言われたことはないが、そういう空気なのだ。
いわゆる一般常識というやつである。大変めんどくさい。
しかし、会社で真面目を売りにしてる私は、
その仁義に乗っ取り
「よし、下っ端のボクがいっちょ電話に出ようかね」との気持ちが湧き受話器に手をのばした。
ここまで電話が鳴ってからわずか2秒の間の出来事である。
左手で受話器をぐわっ掴むと同時に人差し指で受話ボタンを押す。
これは少しでも早く電話に出るための秘技だ。
受話器を掴み→受話器を耳に当てる→受話ボタンを押す。と動作を分けるより、
受話器を掴み、掴んだまま受話ボタンを押す→受話器に耳を当てる。このほうが効率がよろしい。
(恐れ多くも『秘技』などと大げさに申し上げたが、
この効率化は、多くの人がいずれにせよ気付く動作であり、
皆あたりまえにやっている動作であることを、ここにお詫び申し上げたい)
受話ボタンを押し、
「はいっ」と言いかけたところで、
電話機からはツーツーツーと電子音が聴こえた。
このツーツー音は、「別の人が先に電話に出たのだよ。
あなたは電話にでるのが遅かったのだよ」という電話機からのメッセージだ。
ボクは電話にでるのが遅かった・・
「お世話になっております。先ほど電話したAでございます~」
遠くの席からお局的存在Aさんのワントーン高い声が聞こえる。
あ、ああ・・・ボクは電話に取るのが遅かった・・・
悔しい・・・
なんてことは思わず、真顔で受話器を置いた。
「カチャリ。」プラスチック同士が触れる音がした。
受話戦争に負け、白旗を上げた音でもある。
ここまで電話が鳴ってからわずか5秒の間の出来事である。
正直、「くっそ~」と叫びそうになったが衝動を抑えた。
あー。こんなことなら電話無視すればよかった。
そんなとを思った刹那、
あることに気が付いた。
向かい席のBさんも、隣のCさんも同じタイミングで受話器を置いていたのだ。
よーく思い返せば、
1、受話器を取る
2、受話ボタンを押す
3、「はいっ・・・」と言いかける
4、ツーツー音が聞こえる
5、少し虚しくなる
6、すまし顔で受話器を戻す
7、カチャっとした音が響く
この一連の動作がBさんCさん、ボクと3人とも同じタイミングだったのだ。
オリンピックの新体操ぐらい、女子十二楽坊の「自由」の演奏ぐらい、
K-POPアイドルのダンスぐらい、0.1秒の狂いもなく見事に揃っていた。
例えが分かりずらいだろうが、とにかく3人の動作がそろっていたのだ。
「これはグルーヴだ」
受話動作にグルーヴを直感した。
あまり多くを喋らないが親切なBさんと、
定年後に再雇用されていて週に2度しか会わないCさんと一体感を感じた。
俵万智なら『受話器記念日』ぐらい大げさに言っているだろう。
あと2週間でこの職場を去るボクにとって、
予期せず発生したグルーヴは光栄な出来事であり、いい思い出となった。
偶然のグルーヴをありがとう。またどこかで!